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大阪地方裁判所 昭和47年(つ)2号 判決 1973年5月09日

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

一、本件異議申立の趣旨および理由、ならびに当裁判所が示した前記審理方式は、それぞれ別紙第一および第二に記載のとおりである。

二、付審判請求事件の審理が捜査の続行であつて、捜査と全くその性格を同じくするものであるならば、付審判請求事件の審理について、刑訴法三〇九条の準用を認めるべきではないであろう。しかしながら、付審判請求事件の審理が一面において捜査に類似する性格を有することは、これを否定しがたいとしても、本来それが、裁判所による検察官のなした不起訴処分の当否に対する手続であり、決定手続で行なわれることにかんがみれば、公判に関する刑訴法三〇九条の異議に関する規定の付審判請求への準用を認めるが相当であるといわなければならない。そして、右審理方式の主要な部分が事実の取調に関する決定であり、弁護人の異議申立もこの部分に対するものと認められるから、本件異議申立は同法三〇九条一項、刑訴規則二〇五条一項但書の証拠調に関する決定に対する異議申立に準じてこれを処理すべきものと解するのが相当である。

三、そこで、すすんで本件異議申立の理由の有無について判断する。弁護人は、当裁判所の示した右審理方式が、右付審判請求事件に関してなされた裁判官忌避申立事件についての昭和四七年一一月一六日最高裁判所第二小法廷の決定の判断に觝触するが故に違法であると主張するかのごとくでもあるが、右忌避申立事件についての第二小法廷の決定が当裁判所における右付審判請求事件の審理方式に対し、裁判所法四条の拘束力を有しないことは明らかであるから、弁護人が右決定の判断との觝触を云云するのも、結局、当裁判所がその裁量により定めた右審理方式が裁量の許される範囲を逸脱して違法であると主張するに帰するものと解するのほかない。

四、前記のごとく、付審判請求事件の審理が一面において捜査に類似する性格を有する以上、証拠の収集保全を効果的に行なうとともに被疑者その他関係者の名誉を保護するため、審理の密行性が重視されなければならないのは当然であるが、審理の密行性の要求も絶対的なものではなく、これに優越すべき必要があれば、裁判所の裁量により、必要に応じてこれを解除しうべきこともまた多言を要しない。

いうまでもなく、付審判請求手続は、公務員の職権濫用罪について、検察官の行なう不起訴処分が公正を欠くおそれが強いことにかんがみ、その弊害を抑制するため、検察官のなした不起訴処分に対し、裁判所の公正な審判を求める手続を設けたものにほかならない。したがつて、付審判請求事件の審理方式については、合議体において決定手続でこれを行なうこととされているほか、法令になんらの規定も設けられていないけれども、右のような付審判請求手続の目的にかんがみれば、能う限り、審理の公正を担保しうるような審理方式が採用されることが望ましいことは明らかである。もとより付審判請求事件の審理手続は、対立当事者を予定した訴訟的構造を有するものとはいえないから、いかに手続の公正のためとはいえ、一般的に対審構造をとることは相当でないとしても、弊害を防止しうる限り、審理の密行性を或程度解除し、弁護士である請求人代理人その他の関係者の関与を許容することが、手続の公正を担保するための効果的な方法の一つであるといわなければならない。また、付審判請求事件の審理が一面において犯人の保全と証拠の収集保全を主たる任務とする捜査に類似する性格を有することは、一方で審理の密行性の要請を生じさせる反面、本来司法的判断を任務とし十分な捜査機能を具備していない裁判所のみが付審判請求事件の審理を担当したのでは、必ずしも効果的な審理を行ないえないおそれがあるため、適当な機関による裁判所の捜査機能の補充の必要性を生じさせることを否定することができず、かような機関としては、弁護士である請求人代理人を最も適当とする。

本件において、当裁判所が請求人側に審理に対する関与を許容した事項の主たるものは、いずれも弁護士である請求人代理人(三名)に対する記録の閲覧謄写、職権発動を促す意味での証拠申請、ならびに証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調に対する立会および質問であるが、被疑者に対する本件被疑事件の捜査過程で、すでに司法警察職員および検察官によつて関連のある参考人のほとんどすべてについて取調がなされており、本件における主要な争点が、くいちがつているこれら関係者の供述の信用性の評価にあることに照せば、裁判所の主宰のもとに、請求人代理人に対し右のような本件付審判請求事件の審理への関与を許容しても、これによつて真実が一方的にゆがめられるような危険はほとんどないといつても差支えない。しかも、万一の場合のかような危険を除去し、手続の公正を担保するために、さらに弁護人に対しても、後に、全く同様の審理への関与を許容しているのであるから、前記の審理方式をとつたからといつて真実を歪曲するがごとき危険は毛頭存在しないといつても過言ではない。

また、本件は、公道上における警察官の一市民に対する有形力の行使が正当な職権の行使に当るか否かが争われている事件であるうえに、請求人代理人である弁護士三名のうち二名は、本件被疑事件につき独自の調査を行なつた大阪弁護士会人権擁護委員会の構成員として、本件現場の実況見分、参考人に対する事情聴取等広汎な調査活動に従事し(その結果を記載した書面は、検察官に提出され、本件捜査記録に添付されている)、すでに本件証拠資料の全貌を窺知しているものと推測され、さらに本件被疑事件の捜査過程で、検察官の主宰のもとに被疑者を含む被疑者側の関係者と被害者側の関係者との対質が行なわれ、双方ともそれぞれ相手方の供述内容をかなり詳しく了知しているものと認められる。かような事情のもとで、ともに守秘義務を負う弁護士である請求人代理人および弁護人に対し、前記のごとき程度の密行性の解除を認めることが被疑者その他関係者の名誉を侵害する危険を伴うものとは到底考えられない。

してみれば、請求人代理人および弁護人に本件付審判請求事件の審理に対する一定の関与を許容している前記審理方式は、これによつて証拠の収集保全および手段の公正の担保のために寄与するところが少なくないと思われるのに対し、これに伴う弊害の見るべきものはないと認められ、結局、右審理方式に裁量の許される範囲を逸脱した違法はないので、本件異議申立は理由がないものとしてこれを棄却すべく、刑訴法三〇九条三項、刑訴規則二〇五条の五により主文のとおり決定する。

別紙第一

申立の趣旨

本件決定の取消し、記録の閲覧謄写、証拠の申請、証人調べ等の立会質問を認めないとの方式により本件の審理を行われたい。

申立の理由

一、本件に関しなされた裁判官忌避申立事件についての昭和四七年一一月一六日最高裁判所第二小法廷の決定は、付審判請求事件の審理の方式についておおよそ次のとおり判示しているのである。

(1) 付審判請求の審判は捜査に類似する性格を有する。

(2) この手続においては請求人はもとより被疑者あるいは検察官も当事者たる地位を有するものではない。

(3) 付審判請求の審理においては、請求人はなんら手続の進行に関与すべき地位になく、対立的当事者の存在を前提とする書類・証拠物の閲覧謄写権、証拠申請権、証人尋問における立会権、質問権等の規定の適用ないし準用はない。

(4) 裁判所の裁量としても前示のごとき手続の基本的性格に背反するがごとき方法を採ることは許されない。

(5) 大阪地裁第七刑事部が示した審理方式は裁量の許される範囲を逸脱している疑いを免れない。

以上の最高裁判所の見解は、付審判請求の審理方式についての解釈として全く正当であり、下級裁判所としてこの判断を最大限尊重すべきであることはいうまでもない。

二、しかるに今回本件決定において示された審理方式は、右最高裁判所決定が裁量の範囲を逸脱している疑いを免れないと判示した従前の審理方式と比べてみるとき、弁護人申請の証人等の取調の時には請求人代理人の立会等を認めない趣旨を明らかにした以外実質的に変つたところはなく、基本的には従前示された審理方式と同一の審理方式である。したがつて本件決定は右の最高裁判所の決定の判断に觝触するものであり、裁量の範囲を逸脱し、付審判請求の関係法規の解釈を誤つた違法なものと評価されるのである。それ故すみやかに本件決定を取消し、先に弁護人が提出した審理方式に関する意見書に従つた記録の閲覧謄写、証拠の申請、証人調等への立会質問を認めない方式による審理がなされるべきである。

三、本件決定(これが決定であることは裁判所が合議のうえ審理方式に関する見解として定めたものであるのだから明らかである)に対する不服申立の方法について、右最高裁判所決定は「よろしく他の然るべき方法によつて直接的にその救済を求めるべき」と判示するのみで、その具体的方法について明示していないため、疑義が存しうるので、その点につき触れておくと、本件決定に対し直接抗告による不服申立も考えられるが、本件決定によつて示された審理方式は事実の取調として証人調等の証拠調をなすに当つてのその方法の決定であるから、証拠調に関する決定として刑事訴訟法第三〇九条一項の適用ないし準用が認めらるべきである。

別紙第二(特別抗告決定別紙第二と同一につき省略)

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